森本慶三

 

目 次

              [ 独立信徒 ]  [ 信仰生活 ]

 

              [ 略歴 ]  [ 主要信仰著書 ]  [ 参考文献 ]

 

                                                 〔注〕 『選集』‥‥『森本慶三選集』 発行所 教文館

 

                                                                                    [ホームページ]

 


 独立信徒

             独立信仰の特徴の第一は、制度や儀式からの独立である。特定の組織とか礼典とかを

            救いの条件としては絶対の必要としないということである。‥‥‥‥‥集会の場所はどこに

            動いてもよい。一所の会堂に固定する要はない。礼拝や葬儀や結婚式は、信仰をもってす

            れば誰がつかさどっても差しつかえない。特に僧侶や牧師でなければならないということは

            ない。‥‥‥‥‥‥‥もし独立信徒にしてその信者の数がふえ、立派な会堂や有給の牧

            師などをおくようになったら、大いに警戒を要することを知らねばならない。そしてそんなもの

            はいつこわしてもさしつかえないだけの覚悟をもっておらねばならない。そんな外部的のもの

            の衰退とともに、信仰までが萎靡しないようにありたい。ここに独立信徒の生命がある。‥‥

                ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

             独立信仰の特徴の第二は、教理信条からの独立である。信徒各自が、イエス様の聖霊に

            よって直接に示されたものによって歩むことである。たとえどんな立派な正統的といわれる信

            条であっても、盲目的には尊崇しないのである。迷信におちいるからである。またいかに偉い

            先生の教えだからとて、無批判的に追従しない。人物崇拝に陥るからである。‥‥‥

                ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

             独立信仰の第三の特徴は、経済上の独立である。経済的に圧迫され支配されて、せっかく

            のりっぱな独立的信仰が崩されることはありがちのことである。世のいわゆる教会が、財政的

            に悩まされて俗化堕落していくように、信者個人の信仰も、個人の経済事情によって大いに左

            右されることは免れない。よって独立信仰を全うするためには、あくまで独立信仰を阻害されな

            いような経済生活を営まねばならない。独立信仰をまげねば収入を得られないような職業や地

            位に身を置くべきではない。‥‥‥‥

                                                (『選集』第3巻.401〜404頁)

 

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 信仰生活

             経済的不況がますます深刻になっていき、生計はいよいよ困窮に迫ってきた今日の世相に

            おいて、生活不安の脅威に圧せられて、我と我生命を縮めるあわれな弱い人々が次第にふえ

            ているのは、実に驚くべきことです。以前はこれを人ごととして冷視していた者が、今は自分の

            身の上に及んでくるのを見て、今さらながら苦悩を禁じ得なくなるのが事実であります。私も昨

            今かかる不安の念にたびたび襲われては、心に少なからず動揺と一種の痛みを感じているの

            であります。もしここに信仰の世界が見えなかったら、私のような気弱い者はやはりこの多くの

            人々と同じ運命に至らないとも限らないように思われます。‥‥‥‥‥‥  (1932)

                                                   (『選集』第2巻.158頁)

 

                                                                    [森本慶三 目次]   [ホームページ]

                      


 略 歴

   1875. 3 .10     三百数十年続いた素封家「錦屋」(呉服商)森本藤吉・ふさの三男として津山町大字伏見町で出生。

                (兄2人夭死のため10代目後嗣となる。)

   1880.1        父・藤吉、自宅内に津山銀行を創立し初代頭取に就任(明治末年まで)。

   1894. 7        京都府立第一中学校(当初、岡山の中学校に入学したが病気のため転校)卒業。

                父が製糸会社も経営していたため、1年余近江で製糸業を習得の後、家業手伝い。

   1899          立石岐(法然の父方子孫、1884年浄土宗からキリスト教に改宗)の仲人で土居梅代と結婚。

   1900          友人が読んでいた『東京独立雑誌』の広告に『求安録』をみて取り寄せ、読み感動。

                内村鑑三に師事するため置手紙をして家出、内村に入門を乞うが親の承諾がないため

                許可されず、書面で父の許可を得て、再度入門を懇願し、許可される。

   1900.7         内村鑑三の「第1回夏季講談会」に出席。

                第1回夏季講談会後、内村鑑三の日曜集会に参加を許される。

   1900.7         東京帝国大学農科大学本科の入学試験を受け合格。

   1900.9         体格検査で肺尖カタルと診断、入学を取り消され帰郷し養生。

   1901.7          内村鑑三の第2回夏季講談会に出席。

   1901. 7         東京帝国大学農科大学選科に入学を許されるが、念のため帰郷し更に1年休学。

   1902. 7         内村鑑三の 第3回夏季講談会に出席。

   1902           東京帝国大学農科大学選科に入学。

   1905            東京帝国大学農科大学卒業。卒業後、1年間大学で耕地整理の研究。

   1906           香川・岡山両県の農業技師として奉職。

   1908           母の死去・父の病臥のため津山に帰り、家業に従事。

   1909           家業の 呉服商を廃業。

   1910           日韓合併祝賀提灯行列に商工会議所議員として参加を要求されるが、参加せず。

   1911           内村鑑三が長崎訪問の帰途、初めて津山に来訪。

                 『聖書之研究』誌読者3名等と相談し、小集会を持つ。

   1911           伏見町から津山町大字山下に転居。

   1912           父に代り津山銀行取締役(非常勤)に就任。

   1912. 10         内村鑑三の北海道伝道に斎藤宗次郎・浅野猶三郎等と同行。

   1912. 11.        内村鑑三、津山で「中国方面読者聖書講演会」を開催。森本慶三旧宅などで3日間連続講演。  

                 講演会最終日に「中国教友団」が結成され、内村鑑三自筆作成の「聖約」に森本慶三・梅代等

                 出席者が署名。

   1913. 2.19       妻・梅代、産後の出血多量のため5児を残して死去。

                 (この時の内村鑑三からの手紙が、図書館建設発想の原点になる。)

   1917. 1. 23        内村鑑三へ、図書館建設の具体案を書き送る(予算五千円を計上)。

   1917. 1. 29       内村鑑三、書信で図書館建設について助言。(助言に基づき、予算規模を四万円にする。)

   1917            内村鑑三の尽力で小山キクと再婚。

   1918 〜1919       内村鑑三の再臨運動に協力、岡山・大阪等に出講。この頃から、岡山聖書研究会に月1回出講。

                  また、浅野猶三郎と岡山・鳥取両県を巡回伝道。

   1920. 2          津山禁酒会(岡山禁酒会の支部)設立を提唱、世話人代表となる。

                  (1926年、図書館設立時に、館内に会支部を移し、支部長となる。)

   1924. 4 .24        図書館定礎式。

   1924             合併により山陽銀行取締役(非常勤)に就任。

                   銀行のための祈祷会を同僚3人と共に毎週行なう。

   1926. 1. 3         「津山基督教図書館」開館式。内村鑑三、「世界最大の書としての聖書」と題し講演。

   1927             この頃より作州各地に出張伝道、青年修養会等でもキリスト教の講演。

、                   また、作州各地の禁酒運動を統率・推進。

   1927              苫田郡西苫田村勝部に津山基督教図書館勝部分館を設ける。

   1930. 6            藤沢武義主筆『求道』に毎月寄稿をはじめる(終刊まで)。

                    この頃、禁酒運動で大活躍。

   1930             合併により中国銀行取締役に就任。

   1931. 2            社会事業功労者として岡山県より表彰される。

                   また、津山基督教図書館は優良図書館として表彰される。

   1931              この頃から座子愛子主筆『松籟』に寄稿をはじめる。

   1934. 12           県立図書館評議員、日本図書館協会員となる。

   1935. 1            『求道』に「非常時新年を迎へて」を寄稿、発禁となる。

   1936. 8            矢内原忠雄と協力、北海道伝道。

   1937.8            『求道』に「昭和維新」を寄稿、発禁となる。

   1937.9            『求道』に「居乱而不忘乱」を寄稿、発禁となる。

   1937.10           『求道』に「最も強き者」を寄稿、発禁となる。

   1937. 11           『求道』に寄稿した文章のため、鳥取検事局に喚問されるが、すぐに帰される。

   1941.             中国銀行取締役を退任。

   1943. 3            政池仁主筆『聖書の日本』に「偶感」と題し短歌28首を寄稿、発禁となる。

   1943              黒崎幸吉編『旧約聖書略注』に「サムエル前後書」を執筆。

   1944. 5            日本図書館協会から表彰。

   1944.8            図書館が反戦社会施設として憲兵隊より閉鎖命令が出され、建物全部が接収される。(終戦時まで)

   1947. 3            美作基督教信徒連盟(事務所:津山基督教図書館、会長:森本慶三)を結成。

                    毎年、各派合流・全作州の信徒総会を開催。

   1949. 秋           岡山・北房町で伝道開始。

   1950. 5            学校法人津山基督教学園を設立。

                    先ず、「津山基督教図書館高等学校」(夜間定時制高校)を開校。

                    (校長となり、また全学年の宗教科を担当。)

   1950.5            藤沢武義と岡山・鳥取・島根3県を、2週間巡回伝道。

   1950              憲法記念日と敗戦記念日に平和講演会(主に高校生対象)の開催を始め、

                    自らも講師を務める。

   1950              津山市文化功労者として顕彰される。

   1952. 11           『宗教教本』(上巻)(非売品)を生徒用に出版。

   1952              全日制高等学校を併設。校長・宗教科授業を担任。

   1953. 5            『宗教教本』(下巻)出版。

   1955              この頃から、ほとんど毎年、大阪の内村鑑三記念講演会に出席し、時には講演。

                   京阪地区諸集会にも出講。(白内障のため夫人同伴。)

   1959. 8            政池仁を招き、夏季聖書講習会を図書館講堂で開催、講壇を共にする。

                   (以後、1962年まで同様開催。)

   1959              津山市名誉市民に推載され、固辞するも政治的事情から受理。

   1960              右白内障手術。(左眼は以前に失明。)顔面神経痛でも長年難儀する。

   1962.5            東京・信州・東北・北陸等を3週間伝道旅行(夫人同伴)。

   1963. 8            石原兵永を招き、 夏季聖書講習会を図書館講堂で開催、講壇を共にする。

   1963. 11           「津山科学教育博物館」を開館。

   1964             高校附属の「沼自動車教習所」を開設。

   1964. 5            恒例の憲法記念平和講演会で昼夜2回、各1時間以上の講義をし翌日より病臥。

                   (6月下旬には大体復健。)

   1964. 7            長島愛生園で1時間余講話。

   1964. 8            鳥取県大山で再臨待望特別集会を藤沢武義と主催し、病をおして講演。

   1964. 11           病再発、臥床。

   1964. 12. 5         死去(89才9ヶ月)。遺言により、岡山大学医学部で遺体解剖。

                   脳髄と内臓の大部分を標本として津山科学教育博物館に展示。

                   死去直後、叙勲の沙汰あるも辞退。(晩年に藍綬褒章の沙汰2回あるも固辞して受けず。)

   1964. 12. 9         津山基督教図書館講堂で親族葬。

   1964. 12. 11        津山基督教図書館講堂で津山市民葬。

   1964. 12. 11        愛染寺境内墓地で納骨式。

 

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 主要信仰著書

                『森本慶三選集』(全5巻). 津山基督教学園 発行. 教文館 発売. 1966〜1971.

 

 参考文献

                『宝を天に積む―森本慶三追憶文集―』. 森本謙三 編集発行. 津山キリスト教学園. 1965.

                『資料 戦時下無教会主義者の証言』. オカノユキオ 編. キリスト教夜間講座出版部. 1973.

                   「森本慶三集」(669〜715頁)

                『津山基督教図書館五十年誌』. 森本謙三 編集発行. 津山基督教図書館. 1976.

                『津山基督教図書館五十年誌・別冊』. 森本謙三 編集発行. 津山基督教図書館. 1977.

 

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