杉山義次

目 次

              [ 信仰 ]  [ 聖書 ]  [ 職業 ]

              [ 略歴 ]  [ 主要信仰著書 ]  [ 参考文献 ]

                         

                                     〔注〕『やまひやしなひ草』‥‥『やまひやしなひ草 杉山義次遺稿集 (第3版)』.

                                                                        杉山義次遺稿集刊行会 発行. 1971.

                                                                                 

                                                                                   [ホームページ]

 


 信 仰

            それ信仰は望む処(ところ)を疑わず、未(いま)だ見ざるものを真とするものなり。既に把握

           したるものを信じ、現に見る処のものを真とするは信仰に非(あら)ず、認識なり。故に信仰

           に疑あり、煩悶(はんもん)あり、不足あり、苦しみあり、必ずしも固定的なものにあらず。

           信仰は生々動々たり。刻々生けるもの、一定の型あるものにあらず。祈らずとても神や守

           らんと安心固定の境にあるものは信仰に非ず。祈るべきもの、絶えず祈るべきものなり。

                                             (『やまひやしなひ草』.9〜10頁)

 

            神を信ずることは最大の事業なり。神を信ずるとは神を見上げて休むことをいう。何をも

           せざるなり。何らか事を為さんとして焦慮(しょうりょ)するが如きは頗(すこぶ)る忠実に見ゆる

           といえども徒(いたず)らなる事なり。之(これ)神の為になすに非(あら)ずして主として人の為に、

           否、人の顔の為になす事多ければなり。最大の事業は神を信じて休むにあり。病重く呼吸

           迫るとき平安を得ず此の感想を得たり。

                                              (『やまひやしなひ草』.151頁)

                                                                             

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 聖 書

            聖書は信仰の書ではあるが、必ずしも霊を重んじ、肉を軽んずる事をしない。理想を語らず

           事実について語る。精神と共に物質をば貴(たっと)ぶ。深き哲理に非ず。簡単なる日常生活を

           主題として語る。‥‥‥‥‥‥‥‥金百円の効用を喋々(ちょうちょう)するより、金百円その物を

           与えんとするのが聖書である。

             ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

            ‥‥‥‥‥‥‥我らの悩み苦しみは仮定ではない。実際のものである。空なる哲理の解決し

           得ざるもの、熱ある事実が始めて切実に解決し得るものである。

                                               (『やまひやしなひ草』.189頁)                                                     

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 職 業

            労働は神聖にして職業に貴賎上下の別なし。‥‥‥‥‥‥‥

            されど世に善ならざる職業あり。一は女郎屋なり。‥‥‥‥‥‥‥

            二は宗教業者なり。‥‥‥‥‥‥‥

            三は軍人なり。彼らは国家の名によって、殺人業を営む者なり。兵卒は国家の干城(かんじょう)

           (守護の武人)たるも将校は、戦死する事なくして、功三級、四級に至る。「一将功成って万卒枯る」

           なり。将校は国家を思わずして、一身の栄達、名誉を特別に熱心に求むる輩にして、その心意

           の野卑なる、最も排すべし。然も国民の尊敬を集めて、高位高官に至る。とにかく、知識・道徳・

           体力を殺人の為に捧げし者にして、最も良からざる職業の一なり。平和の国来れ。

            牧師の如きは奇怪なる職業なり。月給取ってキリストの福音を伝うる職業なり。彼らの宗祖

           キリストは十字架上に其の身を曝して血を流し人々を救いたるなり。彼らはその十字架に寄食

           して、恬(てん)として恥じざるなり。何故にそのもてる凡ての物を与えてキリストを証しせざるや。

           何故に月給に其の生活を保証せしむるや。何故にキリストの如く神の為に飢餓を覚悟せざるや。

           彼らの飢餓を救い得ざるが如き神を、人は信ぜん事はあるべからざるなり。まづ神を信ぜよ。

           然る後凡てを神に委ねよ。然る後神を伝えキリストをいいあらわすべし。

                                              (『やまひやしなひ草』.86〜87頁)

 

                                                                  [杉山義次 目次]    [ホームページ] 


 略 歴

         1901.3.17    長野県木曾郡上松(あげまつ)町で出生。

         1906        父は御料局勤務の官吏であったが、日露戦争終結後転職し、

                    家族を残して中国に渡る。(数年後、帰国して再び御料局に勤務。)

         1907.4       駒ヶ根小学校(現・上松小学校)入学。

                    (小学6年のとき松本中学を受験して失敗。)

         1915.4      高等科2年で卒業し、長野県立木曾山林学校に入学。

         1918.3       木曾山林学校卒業。

         1918.4       駒ヶ根小学校代用教員となる。

         1918        春、松島縫治郎の家庭集会発足。第1回から秋まで参加。

                    (松島からは、発病後毎日のごとく見舞いをうけるとともに、

                     生涯にわたり物心両面の支援をうける。)

         1918.12      代用教員を辞めて上京、東京帝国大学農学部林学教室助手となる。

                    (助手の頃、『足裏のひび』が『萬朝報』の懸賞小説に入選。)

         1919. 9      東京帝国大学農学実科林学科に入学。

                    内村鑑三の大手町・聖書研究会の会員となる。

                    併せて、藤井武・畔上賢造・黒崎幸吉の教えをうける。

         1922        東京帝国大学農学実科を卒業、木曾山林学校教諭となる。

                    山林学校在職中、各地で聖書研究会を開く。また、『山道』を発行。

         1923.1       小学校訓導・征矢野筬江(そやのおさえ)と結婚、木曾福島町の筬江の実家に同居する。

         1923. 8      松島縫治郎とともに石原兵永の 訪問をうける。

         1924.3       「本間俊平著『我が宗教』を読了して、バンヤン『恩寵溢るるの記』を読んでいる」(手紙)。

         1924.6       木曽福島町で植村正久の講演を聴く。

                    手塚縫蔵から、植村正久の洗礼を受けて日基会員になるよう勧められるが断わる。

         1924.6. 25    長女・直子(直)、出生。

         1926.6. 2     発病  「ドッと風邪の床につく」(手紙)

         1926. 6. 11    「最近は肺尖カタルらしい」(手紙)

         1926. 6       学校を辞めて療養生活に入る。

                     (妻子と別れ、上松町の実家に戻る。)

         1928.2. 1     長男・信太郎、出生。

         1928.11.8     妹・静、死去。21歳。

         1928.12.25    大便排泄時に大量出血。  「腸等よりの出血の如し、即ち腸結核の疑問甚大なり。」(日記)

         1929.1.16     「この頃連日黒血塊下る。」(日記)

         1929.2.18     病床に黒崎幸吉の見舞いをうけ、友人と祈祷の会を開く。

                     (杉山は黒崎の『永遠の生命』誌読者であり、黒崎からは度々見舞状あり。)

         1930.3.15      「腸出血甚し。黒血塊累々たり。」(日記)

         1930.3.23     「毎朝『基督の模倣』(Imitation of Christ)を読む。」(日記)

         1930.3.28     「告別の辞」を日記の中に書く。

         1930.3.29     新聞紙上で内村鑑三の死去を知る。

         1930.4.7      樋口てうから、手紙で、内村鑑三葬儀の模様について報告をうける。

         1930.4.10      正岡子規『仰臥慢録』を読む。

         1930.4.20      喉より血塊痰でる。はじめての喀血。

                     「葬儀次第」を日記の中に書く。

         1930.5.6      大蔵民衛より雑誌『基督者』を贈られる。(毎号、寄贈あり。)

         1930.5.10     田中竜夫より雑誌『修養』を贈られる。

         1930. 6.14     内村鑑三記念の集いに出席。

         1930. 7.17     「衰弱甚し。上厠数回、血流れて下る。苦しきかな。」(日記)

                     松島縫治郎より藤井武死去の連絡あり。

                     (杉山は藤井武の『旧約と新約』誌読者であった。)

         1930.7.20     「体実に不快なり。腹も張り食欲も無く咽も渋し。呼吸は困難にして耳は難聴なり。」(日記)

         1930. 7.22      「咽喉には液滞留し粘膜の色白濁なり。」(日記)

         1930. 7.28     「黄痰頻頻と出ずるなり。愈々咽頭結核は予を侵せるか。」(日記)

                      連日、黒崎幸吉著・コリント注解を読む。

         1930.8.9      「日課として聖書及び注解をよむ事、新聞二通を読む事、日記をつけること、

                       此の事の外は何もせず。」(日記)

         1930. 8. 27〜28   自宅で浅野猶三郎の集会を行なう。

                      浅野から雑誌『無教会』を借りる。

         1930. 8. 30     前野義宗より『聖書知識』(塚本虎二発行)・『日本聖書雑誌』(畔上賢造発行)等贈られる。

         1930. 9. 1      「耳より盛んに汚水出ず。」(日記)

         1930. 9. 21     『改造』10月号を読む。

         1930.10. 2      「(新聞の)経済欄に興味あり、小説には興味なし。新聞の客観的なる報道に興味あり。」(日記)

         1930. 10. 13     『実業之日本』を買い読む。

         1930. 10. 21     「貧血の為呼吸困難と心悸亢進にて実に弱りたり。」(日記)

         1930. 11. 12     石原兵永より新雑誌『新約之研究』を贈られる。

         1930. 11. 16     夏目漱石の『草枕』を読む。

         1930. 12. 3      前野義宗より江原萬里『思想と生活』5月号を贈られる。

         1931. 1. 9       「毎朝、マタイ伝注解を読んでいるが実にいい。やめられない。」(手紙)

         1931. 1. 11      松島縫治郎より黒崎幸吉著・ヨハネ伝注解を贈られる。

         1931.1.24      「朝聖書をよむこと面白し。終日議会の新聞記事に目を曝す。」(日記)

         1931.1.28       ネストレ著・ギリシヤ語新約聖書、『聖書之真理』(江原萬里発行)半年分注文。

         1931.2.10       「痔か否か血下ること夥(おびただ)し。川を為して流る」(日記)

                       黒崎幸吉著・マタイ伝注解読了。       

         1931. 2. 20       『中央公論』を漫読。

         1931. 2. 23      中山博一より雑誌『ちとせのいは』を贈られる。(以後、毎号)

         1931. 3. 4        『聖書之真理』3月号来る。松島縫治郎より『教友』3月号を借りる。

         1931. 3. 12       良寛を読む。

         1931. 3. 28       内村祐之より内村鑑三追憶文集を贈られる。

         1931. 4. 6        蒲池信より内村鑑三記念会の報告を受ける。

         1931.4.10        万葉集論纂を読む。

         1931. 5. 4        『聖書之真理』半年分、江原萬里著『聖書的現代経済観』を注文。

         1931. 5. 8        松島縫治郎より『聖書知識』を借りる。

         1931. 5. 17       松島縫治郎より浅野猶三郎著・山上垂訓解説を借りる。

         1931. 5. 20       黒崎幸吉より「書」を贈られる。

         1931.5.23         「近頃吾脳に異変生ずるに至れり。」(日記)

         1931. 7. 2        「 直腸癌なるものあり。」(日記)

         1931. 7. 9         向山堂より塚本虎二著『イエス伝対観表』来る。

         1931.9.5         本間俊平の講演会あり。

         1931.9.22         「別に何もせず新聞の戦争の事見るが仕事なり。」(日記)

         1931.10.10        「衰弱甚しく上厠毎に呼吸及び動悸早く今にも死せんかと思う。」(日記)

         1931. 11. 26        山陽伝を読む。

         1931. 12. 6        中山博一夫人より秋本秀男遺稿『待晨』贈られる。

         1932. 1. 11        「本年召さるるやとの予感頻りなり。」(日記)

         1932. 2. 8         松島縫治郎より藤井武全集を借りて読む。

         1932. 2. 12        日記、絶筆。

         1932. 2. 14        死去。32歳。

         1932. 2            葬儀。司式:黒崎幸吉。

         1934.12           『やまひやしなひ草 杉山義次遺稿集 』(初版)出版。

         1941.3            『やまひやしなひ草 杉山義次遺稿集 』(再版)出版。

         1971.4           『やまひやしなひ草 杉山義次遺稿集 』(第3版)出版。          

 

                         (『やまひやしなひ草 杉山義次遺稿集 』(第3版.杉山義次遺稿集刊行会.1971.)の記述より

                                抜粋して作成。)

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主要信仰著書 

                『やまひやしなひ草 杉山義次遺稿集 』(第3版). 杉山義次遺稿集刊行会. 1971.

 

 


参考文献

                『続・黒崎幸吉著作集 3 』. 新教出版社. 1990.

                     「杉山義次君の死」(372〜378頁)

                    『矢内原忠雄全集 第25巻』. 岩波書店. 1965.

                     「木曾義仲と杉山義次」(239〜240頁)

                          「人生の意義 ―杉山義次君遺稿集を読む― 」(241〜246頁)

                『内村鑑三の末裔たち』. 稲垣真美 著. 朝日新聞社. 1976.

                     「一粒の麦地におちなば…―森本慶三、井口喜源治、杉山義次」(129〜146頁)

                   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

                『思わざる人を殺して 死刑囚の証言 』. 高見沢潤子 著. 日本基督教団出版部. 1963.

                    * 杉山筬江・杉山直子の死刑囚との信仰上の交わりについての記述がある。

                    『ヨルダンの彼方へ ―杉山筬江を天に送る― 』. 杉山信太郎 編. 杉山直 発行. 1972.

                  

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